前橋商業会議所時代(明治31年~昭和2年)

明治31年1月22日商業会議所条例によって前橋商業会議所は創立された。
その創立の経過を見ると、明治30年10月前橋商議所創立準備会が設けられ、市内の銀行、会社及び個人営業に関し商業上の実地調査を行うなど必要な調査を行った。一方、市内商工業界の有志が相集い、会合を重ね着々と設立準備を進めていた。これら関係者を中核として商業会議所の創立は進められていた。なお商業会議所条例によれば、商業者は「商法第4条に掲げる商取引の各部類に属する商人及び作業人を言ふ」と規定されており、会議所設立手続きについては、「農商務大臣の認可を受け、市町村の区域によって設立する」と定めてあり、その人格を「法人」とした。
その事務権限については、商業の発達を図り、若しくはその衰運を防ぐ必要な方案を議定すること。商業に関する法律、規則の制定、改正、廃止及び施行方法、その他商業上の利害に関する意見を官庁に開申することなどが定めてあった。

 
創立準備は急速に進み、発起人は金融界、製糸業界、各産業などの有力者の名を連ねていた。そして設立認可申請書を農商務大臣に提出したのが、明治30年12月20日であり、これに基づいて明治31年1月22日農商務大臣より認可された。
続いて、4月25日、役員選挙会を開催し、江原芳平が衆望を担って初代会頭となり、副会頭に鷲田迅雄、常議委員に、松田孝、藤井新兵衛、高須泉平、江原桂三郎、市村愛三、勝山善三郎、荒井甚八の7名を選挙し、5月22日臨時会を開き、定款、議事規則、並びに明治31年度経費豫算及び徴収法を議決、書記長には平賀勝三郎を採用した。ここに前橋商業会議所として業務を開始した。
当時議員定数は35名、任期4年とし、2年ごとに改選を行い、そのなかから会頭、副会頭、常議員を互選する規定であった。

 
前橋商業会議所は、創立以来商工業全般の推移をみながら、この実情に照らして市内商工業者の発展のために尽力してきた。そのためには、法制の制定、改廃、施行に関し種々建議し、あるいは請願、陳情もし、これに関して奔走してきた。さらに会議所としては、商工業者の利害関係についての意見を表示し、官公庁の諮問にも応え意見も述べてきた。これらの案件を一つ一つ列挙するわけにはいかないが大変な事績を残してきた。ましてこの商業会議所時代には、1府14県連合共進会はもとより、日清、日露、第一次世界大戦と相次ぐ戦乱があり、さらに関東大震災もあり並大抵の時代ではなかった。